川西ロータリークラブ 卓話

 卓話者:廣末 誠会員

写真の新しいジャンルとは

今回のテーマは写真の新しいジャンルとは、と題しました。インターネット関連よりも古くて、でも新しいテーマを選びました。
写真俳句、ご存知の方、している方いらっしゃいますか。一瞬を活写、活写とはありのままをいきいきと写すこと。そして17字の俳句と融合さす。実は40数年前 伊丹三樹彦という人が、写俳と名付けたのです。写真による一瞬の生命感に俳句をつけて永遠性を与える。写真の映像表現と俳句の言語表現をクロスオーバーさせた芸術です。
デジカメが普及し始めてから、作家の森村誠一さんが写真俳句のすすめを2005年に出してから急速に増えだしました。写俳よりも、写真俳句がわかりやすいでしょう。フォト575という人もいます。自分の日常を観察する。森村さんは「写真俳句を作るぞ」と構えるのではなく、日常生活の中から写真俳句を始めてみようと提唱しています。写真俳句を作ることが目的でなく、毎日の人生を楽しむ手段として写真俳句を勧めています。
写真俳句の作り方には3つの方法があります。
①写真を先に撮って後から俳句を考える
②先に俳句を作り後からそれに合う写真を作る
③写真を撮りながら俳句を作る
知識0からはじめる世界一簡単な写真俳句。俳句。これほど短く美しい表現手段はない。そして今、デジカメ、スマホ、インターネットの普及により誰もが作家になれる文芸ルネッサンスの時代が到来した。写真俳句には二重のシャッターチャンスの楽しみがある。
・一つは 写真としての面白さ、切り取り
・一つは 句境との出会い
森村誠一さんの写真俳句を詠むときの心得5か条
1.何はともあれ戸外へ出よう
2.大げさに考えず、カメラ一つで
3.俳句の工夫は写真の後で大丈夫
4.全天候に対応、すべてが題材
5.テープレコーダー・スマホに吹き込むのも一法
写真俳句 上達の秘訣
1.句会には出席しない
句会に出て自分の作品をずたずたに切り刻まれると自信を失う危険性がある。下手な批評によって切り刻まれると感性までが傷つけられる。俳句は切り刻むものではない
2.他人の句を批評してはならない
3.名句をたくさん読む。
4.歳時記に親しむ
歳時記は俳句の偉大な発明である。季語の束縛から解放された無季語俳句も少なくないが季語は先行俳句の結晶、歳時記に触発されて自分の季語も生まれる。
5.俳句は足で作る
想像句もよいが、写真俳句は運動不足解消によい。奥の細道もアウトドアの産物。難しいと思われている俳句も写真をつければ1分で理解。時間に余裕のある人が詠むと思われていたのが身近に写真も俳句も余分な点を取り去る点は一緒。季語を入れずとも写真が喚起するイメージがその代わり。写真と俳句を組み合わせれば平凡な俳句・写真も輝いてきます。
森村誠一さんの句を中心に見ていきます。
水  渡らずに 聞く人もあり 河鹿沢
街  その角を 曲がれば風の 香る街
朝顔の かなたに蔵の 寝ぼけたる
食  湯豆腐や 一人の夜の 味が沁み
駅  SLや銀河を超えて 位を占めり
  人  人生の きざはし長し 梅雨もまた
動物  なかよしの お洒落カラーの あさごはん     (作 廣末)
 まだ幼い小鹿でしょうか、とてもよいシャッターチャンスをとらえています。イチョウと小鹿の相性もよく優しい秋を感じさせます。二頭の鹿が同じような形で仲良く餌を探す姿がとても愛らしくバランスがいい構図です。
山 君積みし ケルン探すや 嶺光る
空 今日もまた 未練の色や 秋の暮
旅 五月雨に 別れせつなや 旅の宿
花 間借りする 花あればこそ 春は濃し
めぐり来ぬ 別れの季節 花吹雪(作 廣末)
今年また 笑顔と涙の 花吹雪 (作 廣末)
ネット上では、無季語俳句容認か否やで騒々しいですが、写真俳句なら、無理につけると二重三重になるので無季語俳句容認でよいと思います。写真が喚起するイメージで十分です。難しいと思われていた俳句も写真をつければ1分で理解ができる。スマホ普及でまた加速しそうです。
森村誠一氏は、自分の人生を情緒的に凝縮しようとするところから俳句による人生の集約が始まる。無季語でもよい。人生の軌跡(きせき)そのものが季語になっているから写真俳句は日常から始まるといっています。
又、伊丹三樹彦先生は 出来の悪い子ほど可愛いものだと評される。写真であろうが、俳句であろうが、自分にとって秀作だと思えれば出来の悪い子でもいいのではないでしょうか。
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