川西ロータリークラブ 卓話

 卓話者:森村藤雄会員

街づくり、私の郷土愛と男のロマン

私の40代・50代は縁あって、パルティー第1工区開発事業を手始めにC地区の駅前再開発事業に関わるチャンスが到来した事でした。これを切っ掛けにアステ・阪急百貨店・商工会館・経済交流センター・モザイク・ベルフローラ・シャンテ・ジョイン等のマンション建設に直接的・間接的に携わった事でした。特に阪急百貨店、H・M・V、紀伊国屋・駅周辺に駐車場1,500台の設置、高架事業など、その各セクションに携わった事は今思えば男子の本懐と言っても過言でない出来事でした。
当初川西市は何かにつけて立ち遅れ、財政的にも乏しい、民度の低い町でありました。故に私の夢とロマンを追い求める信念は北摂経済圏の川西市への移行、阪神7市1町の生活環境の整備、民度の高揚と都市機能の賑わいと市民生活の快適な利便性に重きを置いた街づくりに我が夢を実現したいという思いでした。
その狙いは街の活性化をコンセプトに交通機関と道路の整備機能化、阪急電鉄の高架事業、文化と教育の整備充実、既存商店街・市場の施設と経営の近代化と既得権の擁護等を初め、百貨店法・小売商業特別処置法・大型店舗法による商業床面積の調整には近隣都市との競合、調整の為に特に苦労したことが記憶に残っている。
他市に出来て我が街に出来ない事は無いと言う信念があり、小さな自分が大きな街づくりという舞台(370億円)の中で、叡智と努力、新しい創造性のもと、地元関係者の理解と納得の上に成り立った近未来への新しい挑戦、つまり郷土愛と男のロマン(夢と冒険)が私を街づくり再生に駆り立てた15年間でありました。
それは一重に「郷土川西市を今に見ておれ」と、かっての学生時代の友人に言われた一言「お前の街はダサイ・クサイ・キタナイ・オクレテイル」への私のリベンジでした。



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